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ロードス島伝説ナシェルの無念は君に任せた、ウィル。(『最果てのパラディン』)

フィクションの世界で、執筆された時期も違うけど、生い立ちが一部似てるキャラっていませんか。実際に似てることもあれば、私がそこに「共通点」を見たいから見えるということもあるでしょう。

最果てのパラディンII 獣の森の射手 (オーバーラップ文庫)

 

 ロードス島伝説。ロードス島戦記が好きなので、「六英雄の時代の物語なんだー」って喜んで読みました。辛かった。や、いい作品なんですよ、いい作品なんですけど、ロードス島戦記が好きで、ロードス島伝説に出てくる人たちのことも好きになるほど、胸かきむしられる要素もあります。

 筋肉でだいたい物事を解決できるけど、カリスマもあったりするベルド。

ちょっと癖はあるけれど、単に火力が高い呪文を扱えるだけではない、大賢者ウォート。

この2人が、鍛えるに値すると見込んだ、ナシェルという若者が登場します。彼の立場は、ある意味ナシェルが「出来すぎた・優秀過ぎた」ことも、遠因ではあるのだけど、彼のお父さん(小国の王様)がトチ狂ってやらかします。ナシェルの半生って、バカ親父の借金返済で苦労する面があります。あ、借金は比喩です。

時代や状況が許さなかったけれど、ベルドやウォートという英雄としてサーガに歌われる人物が鍛えたナシェルは、生まれる時代が違えば、違った人生があったことでしょう。「百の英雄が挑み、六英雄が帰ってきた。世界は救われた」という、伝説のあらすじは決まってるわけですから、そこを牽引するナシェルはどうしたって損な役回りになるのでしょう。だから、ロードス島伝説はあれはあれでいい。

 

でも、残念だな、無念だなって気持ちはどこかに残ります。

 

鍛え上げた筋肉による暴力で大抵のことを解決するという哲学の戦士ブラッドは、スケルトンなので筋肉無いから「やっぱ筋肉ないと不利だ」と時々自嘲します。ウィルは脳筋お父さんから、ばっちり哲学を受け取りました。

三人の中で一番引いた目でウィルを見てスパルタ教育し、きっと愛憎半ばしたでしょうけど、それでも愉快なお爺ちゃんを引き受けてくれた、幽霊の大賢者ガス。

振る舞いは乙女、お香の薫りはおばあちゃん、主人公の母役を引き受けてくれる、マリーは「即身仏系神官萌え」という新しいジャンルを開拓するのかという、恐ろしいキャラクターです。自分に対する厳しさは信仰心に比例して強く、怒らせると三人のアンデットの中で一番怖かったりします。

ウィルはナシェルと無関係です。彼には彼の残念なことが「前世の記憶」として設定されています。でも、ハイスペックなアンデッド三人に英才教育を与えられて、マリーの祈りに守られて健やかに育ったウィルは、

ベルドとウォートが弟のように愛弟子として鍛え上げたナシェルの「もしかしたらこういう生き方も」という気持ちを刺激するものがあります。

 

ウィルはナシェルと違って、毒親によって全世界に対する「負い目」を背負わされてはいません。彼は自由です。

 

もちろん、モンスターが跋扈し政情も安定しておらず、ウィルがつかえる女神に求められて導かれて、ハードな状況に飛び込まないといけないですけれど、ナシェルみたいな縛られた状態にはいません。ナシェルは彼の物語の中で倒れ、彼には彼の救いがあったけれど、やっぱり無念さもあったでしょう。彼はここで倒れたけど、君は君の旅をできるだけ楽しんで、遠くまで飛んで欲しい。そんな期待を観客に乗せられるのは迷惑かもしれないけれど、『最果てのパラディン』2巻の冒頭を読んでいたら、こんな気持になったのでした。

 

F.S.S.の面白さって、設定を読み込んで脳内再生する点にありますよね。

最果てのパラディン』は力のある作品で、これまで読んできた物語を刺激し引きずり出してくるというか、波長が合うと血がたぎる感じがあります。

なるほど、これは、控えめに言って最高ですね。

面白そうだな、こんな作品あったんだ、尊い。『最果てのパラディン』沼にはまった悲鳴はそんな感じでした。

控えめに言って最高でした。設定を知った時点で惹かれるものがありましたが、読書家の目利きな方に「いいよ」って教えて頂いて、読んでみたらドンピシャでした。こういうの読みたかった。

ロードス島は呪われた島と呼ばれ、中でも南部に位置するマーモはダークエルフやらモンスターやらが住む上に、覇王ベルドを輩出するやらで、呪われてるとしか言いようがないのですけれど。

本書の場合も、バリバリに呪われてます。主人公が異世界転生した先の幼児を保護し養ってくれるのは、上位のアンデット三体ですから。主人公の身内がこれで、「そっち行っちゃいけませんよ」って言われて育つご近所は、アンデットの巣窟だったりします。

過酷な環境で、主人公はまっすぐ育ちました。

最果てのパラディンI 死者の街の少年 (オーバーラップ文庫)

俺tueeeしてなくて、戦闘はバランス取れてます。異世界転生モノだとチートスキルを何か持ってることがお約束ですよね。あとは前世の記憶の活用とか。本書の場合は、悔いを残して死んだ記憶と大人の知性が、転生先の体にうまいこと融合しています。だから、話せるようになる前から色んなこと考えられるし、物を覚えるのも早いです。「生まれ変わる」というより「生き直すんだ」という強い意思があるから、与えられた環境で多くのことを習得出来たのですけれど、これって「強くてニューゲーム」ほどではないけど、 記憶を持ってコンテニューはしてますね。すっかりテンプレになった設定ですけれど、これって凄いことだと再確認させられました。

リアルでは、「ちょっと待ってね、時間巻き戻すから」とか「行き詰ったから、最初からやり直すね」とかは選べないことだから。

 

転生して離乳食もらうところから始めて、大抵のことは筋肉で解決できる的な脳筋戦士(スケルトン)、乙女のようでバブみもある即身仏似のミイラ神官(新しい概念…)、ロックな爺ちゃん賢者(ゴースト)という三人に養われて育ちます。彼が育っていく過程や、この作品にとって転生とは何かとか、様々な要素が丁寧に語られていきます。

斜に構えてるゴーストの爺さんにも理由があるし、脳筋戦士は気配りの人だし、ミイラ神官(即身仏似)のお母さんの愛情すごいです。とくにミイラさんは、これもうヒロイン枠でいいんじゃないかと思った。乙女のようで、お香のかおりはお婆ちゃんのようで、愛情注いで育ててくれる母でもある、ミイラ。主人公もだんだん慣れてきて「水分抜けただけ」とか言ってますけど、「だけ」じゃない。大問題だ。

とある事情でアンデットになった三人が、幼児を保護して家族になっていく。それはとても不器用で、優しくて、アンデットなんだけど気持ち悪さは無いんです。彼らは「自分」を保ったままだから。

生まれなおして生き直したかった主人公にとっては無我夢中の時間だったでしょうけれど、彼を保護して育てた側にとっては、夢のような時間だったのかもしれませんね。

とても好きなので、積読を少し削ったら、2巻・3巻も読みます。

 

いつか 最果てのパラディンさん』を

健気な主人公の成長物語を楽しむのもいいですし、伏線が回収されてどこでひっくり返されるのかなとか物語の「秘密」が開示されていくのを楽しむのもいいですけど、この作品キャラがいいんです。『最果てのパラディンさん』とか『さいパラ』みたいなタイトルで、ゆるい日常4コマ漫画を出して欲しいくらいです。脳筋お父さん、怒らせたら一番怖いお母さん、トリックスターなお爺ちゃんと、一途な主人公の暮らしを描くだけで幾らでもマンガ続けられそう。

 

 

おまけ

 

牧野圭祐先生の( @mkn_kei )の『月とライカと吸血姫』と裏方の美学

これを読まずに死ねるかとか、世紀の名作だよ、とは煽りません。「そうかな」ってわくわくして、期待値が高すぎて作品とシンクロできないのももったいないだろうから。

月とライカと吸血姫 (ガガガ文庫)

 2/7に読み終えたので、そろそろ一月が経とうとしています。読み終えて何が残ったのでしょうか。照れ隠しに咬むわよと威嚇し、血液の代わりに牛乳を愛し、ふて寝する時は棺桶ベッドを使用する可愛らしい面もありつつ、「人が死ぬのは困る。犬なら構わない。吸血鬼は人ではない」という理屈で、実験体を引き受けて、それでも宇宙へ行きたい健気なヒロインが主人公です。彼女の魅力は、きっと他の人が語り尽くしてくれると思うから、他のこと書きます。

 

裏方を選ぶキャラはどうですか?

 ラノベの古典になるこれ、主人公のパーンは無双しません。最短距離で英雄を目指すのではなくて、王や指導者の立場を引き受けると、そこからこぼれ落ちてしまう人がいることに気がつき、アシストに徹し、諸国を回ります。その国のトラブルに目処が立つまでは主戦力として戦い、目処が立ったらそっといなくなります。彼のお父さんもそういう設定があるのですけど、損な道を行くというか、裏方として頑張り結果を出すキャラなんですよね。

『月とライカと吸血姫』に戻すと、ヒロインの担当に「左遷」されたキャラクターも、この物語では裏方として頑張っていますね。ヒロインがどういう人なのかだんだん分かるごとに、国の面子で死なせてなるものかと、出来ることを模索します。ロードスのパーンは左遷されてないし、周囲と連携しつつ遊軍的に火力出せる立ち位置だから、色々違います。でも、「損な役回り」を腐らずに生きる点は共通するかも。

淡いラブコメもありつつも、戦う彼女を守るために俺は何も出来ない、ではなくて、「左遷」されるまでに獲得してきたスキルを、ヒロインの生存のために積極的に手渡していきます。私は彼のこと、いいヤツだなと受け止めました。

国の思惑はあるし、色んな大人たちの思惑もあるし、「宇宙へ行きたい」動機も様々だけど、彼がアシストしなければ、例えば「吸血鬼は人と似ていて気持ち悪い。命ということなら犬だって可哀想だ。気の毒だけど実験動物として死んでくれ」って思える人だったら、この物語は成立しなかったでしょう。

 

爽やかで、微笑ましくて、夢がある。

著者さんの執筆動機とか存じ上げないから、単なる推測なんですけど、例えば『86―エイティシックス― (電撃文庫)』は著者さんが書きたいこと好きなことを盛り込んだデビュー作ですし、ラノベ媒体だからこそ出た作品だと思うのです。『月とライカと吸血姫』も、著者さんの書きたいことが盛り込まれてると私は感じました。

 

この物語を読み終えて、作品世界を思い出す時、温かな記憶として蘇るから、私はこの作品を読めて良かった。健気なヒロインと良い奴のコンビが出て来る、爽やかな作品です。

 

 

九曜先生の( @katanako_20_20 )『佐伯さんと、ひとつ屋根の下 I'll have Sherbet! 1』が売れて欲しいし、ラノベって色んな楽しみ方があるなと思うこと

先日、無事読み終わりました。ファミ通文庫なのですね。ラノベ欲しい時はとりあえず電撃文庫を見に行くことが多かったから、電書で探すようになって、「あ、この作品はこのレーベルなんだね」と気がつくようになりました。

佐伯さんと、ひとつ屋根の下 I'll have Sherbet! 1 (ファミ通文庫)

これ、年齢を10歳上げて、例えばヲタ恋の世界でキャラを動かそうとしたらどうなるかなって考えたのですが、「同棲」(ルームシェア)にしろ、元カノが出て来ることにしろ、ドラマは生まれるでしょうけど、ティーンエイジャーがあれこれ背伸びしてる甘酸っぱさは出ないですよね。もう大人ですので。

不動産屋さんの手違いで二重契約になって、住むことにしました。なるほど。

家賃の支払い方法はどうしてるんだろう。保護者気がつかないのだろうかとか、ツッコむよりも、「なぜこの子は、弓月君に対してそこまでアピールするのだ」とか、いつも敬語で煩悩は滅殺しましたみたいな雰囲気なんだけど内心ドキドキしてダメージ入ってる弓月君の様子とか、彼らが演じて見せてくれる「状況」を微笑ましく、ときにむず痒くなりながら楽しみました。いいぞもっとやれ。

どれくらい売れたらシリーズが何巻くらいまで続くのかとか、アニメ化するのかとか、コミカライズするのかとか、まったく分からないのですが、『とらドラ!』の何々って言えば通じるみたいに、この作品も「あのあざとさ佐伯さんみがある」みたいに、普及するといいなあ。続編読みたいもの。

彼らの物語がどこに行き着くのか分からないですが、例えば『黄昏乙女×アムネジア』の夕子さんみたいに、物語や設定はもちろんあるんですけど、夕子さんを愛でる鑑賞の仕方もありますよね。

あるいは『ファイブスター物語』みたいに、どんどん情報を摂取して、頭のなかに出来上がったイメージと関わるのが楽しい、みたいなことでもいいかな。それは作品単体ではなくて、他の作品を読んで残ったモノとかが蓄積されていって出来る、余韻の集合体みたいな何かで。それくらい、自覚的にあざとい佐伯さんはキャラが立っていました。

 

さして量を読んでいるわけではないけれど、ラノベの玉石混交ぶりはすごいですね。私が合わないと思う作品が誰かには響くかもしれないし、私の好きな作品が誰かには合わないかもしれない。

私の場合は、物語でも設定でも勢いでも、キャラクターのかけあいの面白さでも、キャラクターの魅力でも、何か1つ読み終えて残るものがあれば、惹かれるみたいです。もちろん総合力が高い『十二国記』みたいな大作もいいのですけど、一点突破型の作品も、読み終えて余韻を置いていってくれるから好きです。

一般文芸でもそういう読み方はできるのかもしれないけれど、私にとってはラノベってそういう距離感で付き合える存在みたいです。

 

目下の悩みは、九曜先生の旧作なのかな、Kindle化されてないご著書がAmazonにあることです。収納の問題もありますし、既読本と積読本(物理書籍)がそこそこあるので、3冊買ったら3冊は手持ちの本を処分しないといけないのですよね。Kindle化リクエスト押してきました。はい。

 

何はともあれ、『佐伯さんと、ひとつ屋根の下』を中高生くらいで読んだらどう読んだだろう。「ないだろ」ってつっこむか「羨ましい」って思うか、「え、そういうものなの」と夢をふくらませるか。残念ながら大人になってしまいましたので答えは分かりませんが、気に入ったんじゃないかなと思うのです。あ、背伸びしたい年頃だったから、普段は読めもしない難しい本とかをメインに読んでるけど流行ってるみたいだから的な、自分に謎の言い訳して読んだかもしれませんね。

弓月君達には及びませんが、あの頃僕はめんどくさい子どもでした。

「フライ先生が担当した学園モノは、将来あだち充作品くらい安定するのでは?」という願望

ラノベで「描ける」イラストレーターさんはたくさんいますね。

やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。6 ガガガ文庫 やはり俺の青春ラブコメはまちがっている

例えば『俺ガイル』のイラストは、刊行当時は見慣れなかったけれど、新しいし存在感あると思いました。それでもって、もう好みの話でしかないのですけれど、好きな作品を好きだと書くのもいいかなと、この文章を書いています。

 

 『弱キャラ友崎くん』は3巻まで読んで、中身凄いと大喜びしました。どれくらい売れるのか分からないけれど、2010年代後半にこういう作品があったと残るといいなあと期待しています。この作品でフライ先生の存在を知りました。

じつは、ラノベのイラストにはそんなに期待してなくて、表紙に惹かれてジャケ買いすることもありますが、メインは活字の方だと思っています。それでも、表紙カッコイイのに、モノクロの挿絵になると「え、同じ作家さん?」って戸惑うことも、ままあります。戸惑うこともあれば、活字の方に力があると挿絵覚えてないこともあったり。

 

佐伯さんと、ひとつ屋根の下 I'll have Sherbet! 1 (ファミ通文庫)

佐伯さんと、ひとつ屋根の下 I'll have Sherbet! 1 (ファミ通文庫)

 

今、身悶えまでいかないですが、時々むず痒くなりながら、上記を読んでます。表紙やカラーイラストだけでなく、モノクロの挿絵も魅力的で、フライ先生は学園モノ描かせると強いなあと唸ってます。この一行のために、この文章を書いている感じです。

Kindle化待てなくてBOOK☆WALKERで買って読んでます。スクショで「引用」するのは気が進まないですし、出たばかりの作品ですから気になる方は書店店頭で確認なさって下さい。

 

あだち充先生が、いつ・どの作品であのスタイルを確立されたのか詳しくないです。『タッチ』あたりでしょうか。もっと遡れるのかな。人によって、リアルタイムで読んだあだち充作品は異なるでしょうけれど、読んでいれば、あだち充ワールドや様式美みたいなものをある程度共有できると思います。

爽やかで、切ないこともあったり、昼行灯なんだけどやる時はやるキャラだったり、男の友情があったり、不器用な2人が出てきたり、描き方は様々ですけれど、共通する要素があって、独特の空気感がありますね。

フライ先生の場合は、作品にイラストを提供されているので、世界をまるごと作るわけではないけれど、作品との相乗効果が、学園モノだととても高いように思います。上手な作家さんは無数にいるわけですから、なぜ惹かれるのかとか、作家さんが何を大切に描いているのかとか分からないけれど、「型」とか「様式美」みたいなものを持っている作家さんなのかもしれないですね。あだち充作品で例に上げたスタイルのような。

画集買います!

本が出たら全部買います!

と、までは熱狂できないかもしれないけれど(画集は電書ならともかく置き場所に困るし、作品は読み切れないことや、文章の方の作家さんと合わないこともあるから)、これからも作品に触れて痺れたいので、売れてほしいなあと切に願うのでした。

 

flyco.tumblr.com

www.pixiv.net

 

 

 

続いて欲しかった作品と、イマイチだった作品たち

例えば『弱キャラ友崎くん』の何が良かったのか、どこが新しいと思ったのかとか、言葉にすればいいのかもしれないんですが、まだ断片的な感じで、整理できていなくて。気が向くままに雑食していて、「ああ、私には合わないな」と思う作品が幾つかありました。何がどう合わなかったのか、気がついたことをメモしていくなかで、作品にケチをつけるわけではなくて、私は何を求めているのか見えてくるかなと考えています。

 

 平坂読作品の『妹さえいればいい』は、業界モノであることと、『はがない』の発展版というか、群像劇を書いている感じがするので、私でも読めます。上記は、「そんな恥ずかしい名前の人は知らない」かな? お約束が面白いと思うとか、いやいや同じ家にとか、いやいやご近所にとか、設定を面白く思うことはできるし、作品が安定してて「乗り心地」みたいなものがいい点も感じたけれど、「妹もの」合わないんです。リアル妹いるので。ウナギ苦手なのに、ウナギの名店入るなみたいな感じですね。

 

 

 これは、まさか2冊で終わるとはというのと、2冊で終わるよねという諦めが混在する複雑な作品でした。正直、10冊くらい続いて欲しかったです。保健室登校をしてるヒロインで、体が弱くてじつは一浪している。彼女の「担当」になった主人公と2人で、学園ミステリ系ラノベ的なことをします。学園ミステリ系をやるなら古典部シリーズもあるし、ミステリも色々ありますよね。私はこの作品の、まだつきあってもいない2人が、「友達以上恋人未満」とか死後じゃないかと思う感じの距離感で、夫婦漫才やるんです。この「じゃれあい」を愛でる作品だと割り切っていたので、もっと続いてほしかったです。逆に、おそらく週刊マンガでいうところの打ち切りなんでしょうから、支持されなかった理由は、ものたりなかったのかなと推測しています。

 

 もし著者が、「不器用な魔王の行動を通して、エルフは魔王を慕うようになる」(コミュ障でも分かってくれる人はいる)ことを書きたかったなら、私には伝わらなかったです。世界観や設定は面白いし、せっかくの「魔王」だから、物語を通して彼が人間性を獲得するのでもいいし、買って保護したエルフに対して「お前は自由だ」って対等になる話にしてもいいし、ロードス島のベルドみたいに覇道を突き進んでくれると、私には分かりやすかったかなあ。

 

「安全日・危険日」の定義が違うというか、そもそも誤解がある。「安全日だから」と呼び出されて、一応コンドーム(だよねコンビニで買ったやつ)持って行ってみたら、事件に巻き込まれて……。という、作りは嫌いではないです。ただ、吸血鬼と眷属みたいな感じの、ロードとナイツの設定と、リミッター外すと人格とか吹き飛んで殺人機械になっちゃう仕様の高校生って、設定詰め込みすぎだと私は感じました。ハンバーグ弁当にとんかつも入れないで、2つのお弁当にして、みたいな。あるいは、著者は入れ物に対して多すぎると思われる設定を、うまいこと整理する自信があったのかもしれませんね。私が受け取り損ねたのかな。

 

 ハイスペックな彼女が出来て有頂天だったけど、冷静になって悩むあたりとか、主人公の葛藤に好感を懐きました。ただ、才色兼備のクールビューティな設定のヒロインが、キャラ立ってない感じなんです。クラスの中心にいる幼馴染とか、やたらスキンシップしてくる露出過多な姉とかの方が印象に残るのです。彼女がどんな人で、どういう動機で動いてて、ということがイマイチ分からない。それとエロゲについては、男子が好きなのは当たり前なので、これ男女逆転して「才色兼備のクールビューティで、隠れオタクで、エロゲ廃人で、彼氏にエロゲを布教したい。ただし、エロいことに興味は無い」とかだと、ラブコメやるのに面白くなりそうだと思うのです。読んでみたい。

「これはフィクション。○○の××が凄いし、このエロゲは名作。でも、私はリアルでエロを求めていないの」とか言われたら、生殺しで物凄く悶々としそう。

 

 合本版、やっと3巻まで進みまして。安いのは嬉しいけど、分厚い本を抱えて読むようなものだから、読みにくいですよね。読まずに死ねるかって犬に転生してまで、読書する主人公と、やたらハサミを振り回す売れっ子覆面作家の物語。ツンデレというかヤンデレというか、デレる時もハサミ装備してたり、キレてるのか拗ねてるのか分かりにくいヒロインなんです。頭良くて能力あって、性格が人格破綻者でドSであっても、見かけは美しいはずなんですけど、「このヒロイン可愛い」と思うのが難しい作品ですね。読み進めると見え方が変わるのかな。

 

 『弱キャラ友崎くん』のフライ先生の告知で知った作品。『魔王の俺が~』と同じとこで引っかかってますね。この作品のアイデアは異世界転移・転生ではなくて、それを既に済ませた人が日常を取り戻したところに、「あなたがあの英雄ですね」って女神等女子キャラが3人おしかけて、教室にまで転校生として突撃してくるお話です。アイデアはいいと思うんです。英雄やったからこそ、日常を大切にしたいことも。でも、例えば僕らが今の経験値を持って17歳くらいに戻ったとして、「ぼっちで、パシリさせてもらう」こと以外にクラスに居場所を作れないとか、不器用なことするでしょうか。大人の知恵を一種のチートスキルとして持ち込めるわけですから、何かしら工夫しますよね。

主人公の場合は、異世界に飛ばされて、そこでモンスターか何かの血で拳を染めて、自分が戦うしかない状況を切り抜けて英雄になったわけですよね。PTSDとか戦場を経験したことで人格が歪むということがあるならともかく、それだけの経験を多感な時期にすれば精神的にめっちゃ成長するはずなのに、その成長が伝わってきませんでした。

身体能力とかは確かに描写があるので強いんですけれど……。

 

 

妹モノは求めていないこと。ラブコメの場合は、キャラが立っていてかけあい(じゃれあい)が面白ければ、その他は気にならないこと。作品の設定やキャラの描かれ方を楽しみにしているので、そこで引っかかると私には合わないと感じるみたいですね。

何か惹かれるところがあれば、瑕疵があっても気にならないので、「どうでもいいこと」「どうでもよくないこと」が何なのかもう少し明確にすることで、自分にとっての「当たり」との遭遇率を高められるかもしれませんね。

 

今はラノベがちょうどいい。

活字から得る栄養価ということでは、古典や鉄板の名作をゴリゴリ読んだ方がコスパ良いですよね。さして読んでいない、読み解くほど読書の「顎」を鍛えていないという面があるでしょうから、そういうのは出来てから言えという話でもあるのですが、最近ラノベが読みたくなって、読んでいます。気が向かなくなったら読まないかもしれない、そんなにわか読者です。

テンプレ・お約束・様式美、みたいなものがあるから、例えば「通常ヒロインが取るであろう行動」とは違う、ちょっとずらしてくるのを目撃できたりすると、楽しいです。『弱キャラ友崎くん』の日南葵みたいに。

おそらく一般文芸とかでも、カテゴリーエラーはあるのでしょうけど、面白くて売れればなんでもありっぽいカオスなラノベでも、ラノベだから書きやすいこと・書きにくいことがあるのかなと見ています。

njmy.sblo.jp

最近だと、上記記事で紹介されている(ネタバレしないで魅力を紹介できて凄い)、『86』に驚きました。好きだし、ヒットして欲しいし、デビュー作でこれ書けるのですかと信じがたい気持ちでいます。ミリタリ物で、「謎・秘密」がだんだん解明されていく流れと、重要人物たちが窮地に追い込まれていく流れがシンクロしているし、「やめたげてよお」って状況を通り抜けた先に、いくらフィクションとはいえそんな夢みたいなことが、いやだからこそいいんじゃないか、みたいな心地よい葛藤が残りました。ラノベだから書けたのでしょうし、たぶん売れることより著者が書きたいことを優先した感じなので、テンプレおさえて売れるようにというのがもし大事なら、そうではないわけで、ラノベだから「書きにくい」ことを乗り越えてきた作品かなって見ています。

 

話は飛びますが、物は持ちたくないの、断捨離大切にしてます、ということではなくて、好きな本や漫画が手元にあるからこそ、電書も使わないと収納が厳しいです。新刊5冊出たよわーいって買いに行って、全部あたりでもハズレがあっても、物理的に5冊増えたら、手持ちを5冊分放出・廃棄しないと、というコップの水溢れちゃいましたみたいな地獄があります。『86』も電書で読むつもりだったのですが、待てなかったのです。だから、余計嬉しかったのかもしれませんね。

 

 

 今は、上記を読んでます。テンプレとかお約束だと、ヒロインが主人公を振り回すことが多い気がするのですが、この作品は、ヒロインが主人公にいじられてぐぬぬぬってなってたりしますね。地の文・主人公の一人称に対して、キャラクターがメタなツッコミをして「心を読むな」とか「メタな言動やめい」というやりとりも微笑ましいです。心に残る名作ではないかもしれないけど、カップルがいちゃついてるというより、猫がじゃれてる感じに見えるので、読んでいて微笑ましいです。

読み終えて全て忘れてしまって、ふとしたときに、何を思い出すのでしょう。例えば『はがない』のことを読み終えてから四六時中考えていたりはしませんけど、セナが夜空に担がれたり、夜空から買い取ったウイッグ(かな?)をくんかくんかしてたりするの思い出すと、著者はよく思いついたなと感心するし、他人の黒歴史を目撃しちゃったような痛痒い思いが起きたりします。

無数の作品があって、ラノベを読むことは、様々な「キャラと状況」を通過することでもあります。ふとした時に、思い出して微笑ましく感じたり痛痒く思えたりする、ラノベとの距離感が、今は心地よいみたいです。