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ロードス島伝説ナシェルの無念は君に任せた、ウィル。(『最果てのパラディン』)

フィクションの世界で、執筆された時期も違うけど、生い立ちが一部似てるキャラっていませんか。実際に似てることもあれば、私がそこに「共通点」を見たいから見えるということもあるでしょう。

最果てのパラディンII 獣の森の射手 (オーバーラップ文庫)

 

 ロードス島伝説。ロードス島戦記が好きなので、「六英雄の時代の物語なんだー」って喜んで読みました。辛かった。や、いい作品なんですよ、いい作品なんですけど、ロードス島戦記が好きで、ロードス島伝説に出てくる人たちのことも好きになるほど、胸かきむしられる要素もあります。

 筋肉でだいたい物事を解決できるけど、カリスマもあったりするベルド。

ちょっと癖はあるけれど、単に火力が高い呪文を扱えるだけではない、大賢者ウォート。

この2人が、鍛えるに値すると見込んだ、ナシェルという若者が登場します。彼の立場は、ある意味ナシェルが「出来すぎた・優秀過ぎた」ことも、遠因ではあるのだけど、彼のお父さん(小国の王様)がトチ狂ってやらかします。ナシェルの半生って、バカ親父の借金返済で苦労する面があります。あ、借金は比喩です。

時代や状況が許さなかったけれど、ベルドやウォートという英雄としてサーガに歌われる人物が鍛えたナシェルは、生まれる時代が違えば、違った人生があったことでしょう。「百の英雄が挑み、六英雄が帰ってきた。世界は救われた」という、伝説のあらすじは決まってるわけですから、そこを牽引するナシェルはどうしたって損な役回りになるのでしょう。だから、ロードス島伝説はあれはあれでいい。

 

でも、残念だな、無念だなって気持ちはどこかに残ります。

 

鍛え上げた筋肉による暴力で大抵のことを解決するという哲学の戦士ブラッドは、スケルトンなので筋肉無いから「やっぱ筋肉ないと不利だ」と時々自嘲します。ウィルは脳筋お父さんから、ばっちり哲学を受け取りました。

三人の中で一番引いた目でウィルを見てスパルタ教育し、きっと愛憎半ばしたでしょうけど、それでも愉快なお爺ちゃんを引き受けてくれた、幽霊の大賢者ガス。

振る舞いは乙女、お香の薫りはおばあちゃん、主人公の母役を引き受けてくれる、マリーは「即身仏系神官萌え」という新しいジャンルを開拓するのかという、恐ろしいキャラクターです。自分に対する厳しさは信仰心に比例して強く、怒らせると三人のアンデットの中で一番怖かったりします。

ウィルはナシェルと無関係です。彼には彼の残念なことが「前世の記憶」として設定されています。でも、ハイスペックなアンデッド三人に英才教育を与えられて、マリーの祈りに守られて健やかに育ったウィルは、

ベルドとウォートが弟のように愛弟子として鍛え上げたナシェルの「もしかしたらこういう生き方も」という気持ちを刺激するものがあります。

 

ウィルはナシェルと違って、毒親によって全世界に対する「負い目」を背負わされてはいません。彼は自由です。

 

もちろん、モンスターが跋扈し政情も安定しておらず、ウィルがつかえる女神に求められて導かれて、ハードな状況に飛び込まないといけないですけれど、ナシェルみたいな縛られた状態にはいません。ナシェルは彼の物語の中で倒れ、彼には彼の救いがあったけれど、やっぱり無念さもあったでしょう。彼はここで倒れたけど、君は君の旅をできるだけ楽しんで、遠くまで飛んで欲しい。そんな期待を観客に乗せられるのは迷惑かもしれないけれど、『最果てのパラディン』2巻の冒頭を読んでいたら、こんな気持になったのでした。

 

F.S.S.の面白さって、設定を読み込んで脳内再生する点にありますよね。

最果てのパラディン』は力のある作品で、これまで読んできた物語を刺激し引きずり出してくるというか、波長が合うと血がたぎる感じがあります。

なるほど、これは、控えめに言って最高ですね。