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誰か、柳野かなた先生の『最果てのパラディン』をハリウッドに連れてって!!!!

贔屓の引き倒しという言葉があります。お前黙ってろって案件かもしれないのですが、1行も退屈しなくて滅法面白いし、期待は裏切らないけど予想は裏切るという、この作品と著者さんの手のひらの上で転がるの超楽しいですよ。

TVアニメ化とかコミカライズとかメディアミックスして欲しいのです。ラノベの場合、劇場版の原作になるって相当売れないと無理ですよね。でも、私のゴーストが囁くんです。

「この内容を、CGがんがん使ってハリウッドで映画化したの見たくないか」と。

私は見たい。劇場版よりハードル上がってる……。見たいけど、同じ本何冊も買えないし、クラウドファンディングで投資するとかも現実的ではないので、読んだらそういう気持ちになる奴もいるよとネットの隅っこに書いておきます。

最果てのパラディンII 獣の森の射手 (オーバーラップ文庫)

 

2巻読み終えました。読書中に血が滾って、なんか書いたのもあります↓

 

00101techi.hateblo.jp

(「オーバーラップ文庫」は、灰と幻想のグリムガルで知りましたが、『最果てのパラディン』という王道英雄譚を刊行してくれて、ほんとありがとうございます。)

 

テンプレや先行作品等の文化遺産の活かし方がすごく好き

例えば『ダンまち』は、あれはあれで良いと思うんです。今一番ピッタリくるのは『最果てのパラディン』だけど、『ダンまち』の外伝の使い方・萌えの使い方・スキルの使い方・設定の使い方等、好きで読んでます。他にも好きなシリーズはあります。

創作は0から作るわけじゃなくて、先行作品を読んで栄養にしてますよね。『ダンまち』にしろ『最果てのパラディン』にしろ、そのチューニングの仕方が好きです。とくに、『最果てのパラディン』は、例えば戦闘で俺tueeeするにしろ、そこに至る過程をきちんと書いてくれるから、まあウィルなら規格外のことするよね、戦闘面はブラッドとガスが叩き込んだしと受け止めています。

ダンまち』のベルが、驚異的な速さで「早熟」するのも、あのスキルが説明されれば、なるほどと思えるのと似てるかも。

先行作品やゲーム等の文化、ラノベのテンプレ等を、書きたいことを見せる時にどう活用するかという「料理の仕方・チューニングの仕方」が、私にとってはピッタリだったみたいです。それは、シンクロしやすいですよね。

 

二巻まではヒロインがいなかった問題

『ロードス』ならディードリットが、最初の町あたりで仲間になるし、『ダンまち』ならそもそもヒロイン出さないとベルが動けないですよね。ヘスティア様もヒロイン枠にカウントするなら、冒険に出発できない!!

一巻は分かりやすいヒロインが出てこなくて、代わりにバブみのある即身仏系神官というすごい人がいました。乙女で祖母*1で母とか、一人何役なんですか……。

二巻はヒロイン来たかと思ったら、ハーフエルフの相棒なんです。まあヒロイン的な役割果たしてるよねと思ったら、作品の中でハーフエルフの青年本人が「俺をその枠に入れるな」って吟遊詩人と喧嘩してました。先回りされて笑いました。

一巻はプロローグ。

二巻は、「人の社会はあるのか?」ってとこから探検していって、認められて、仲間や友達ができるお話でした。夕日の河原でクロスカウンター入れる場面はありませんが、ウィルが喧嘩できる相手が出来ました。

三巻の上下巻も買ってあるので、ヒロイン出てくるのか楽しみにしています。

 

オーディオコメンタリーください

ある理由でアンデットになった三人ですけど、彼らのことを外の社会の吟遊詩人が、200年経ってるのに語り継いでくれています。それを知った時のウィルの嬉しそうな姿を見るのが、嬉しかったな。

ウィルの中にもあの三人がばっちり残っています。一緒に暮らした思い出から、叩き込まれた高度な戦闘スキルや敬虔さまで。二巻にあの三人は出てこないけど、間接的に、ウィルの血肉になって出て来るのも好きです。

ここまでは、二巻に書いてあることです。

で、想像は止まらないわけで――

もし、二巻をあの三人に読ませたら。ガスはニヤニヤするでしょうし、ブラッドは「俺の育て方極端だったかな」とか「そうなんだよ、筋肉なんだよ」って見守るでしょうし、マリーはそっとハンカチで眼窩をおさえて(ミイラは涙出るのかな)神様に感謝しますって祈っちゃうんだろうなあ……。

などと思うわけです。 

アニメのオーディオコメンタリーが特典についてきたりしますよね、Blu-rayやDVDで。あの副音声な感じで、私の中の、脳内「ブラッド・ガス・マリー」がウィルの冒険を見てあれこれ言ってる感じが、超楽しいです。柳野かなた先生監修で、そういうの出してくれたら、絶対読みたいです。「例の三人に、二巻読ませてみた」みたいなやつ。マリーの出自が謎だってあたりで「ふふふ」とか笑って欲しい。

「一巻を読ませてみた」もいいですね。マリーが思い出し怒りをしてブラッドがしばかれるとか、ブラッドがカッコイイ場面をガスにちゃかされるとか、ガスが怖い場面でマリーやブラッドに「そんなことしてたのか」って驚かれるとか。

 

大人がカッコイイ

柳野かなた先生の人間観とかが現れるのかな。「体制・権威」がきちんと機能してたり、問題のある人が出てきたとしても、嫌な奴は出てこないんです。生臭坊主に見えるおっちゃんにしろ、最初の大きな街を統治している人にしろ、村の長老にしろ、「冴えない」って相棒に形容されつつもじつはデキる人な行商人さんにしろ。

とくに、行商人さんは、いないと戦えないし、町や村を助けることも出来ないし、世間知らずのウィルをフォローしてくれたりもするから、重要人物ですね。トルネコ、馬車に入れててごめんよ……。

体制・権威・大人って、思春期の読者層なら鬱陶しい存在だと思うのですが、極端に悪くするとか美化するのではなくて、作品にとって必要な役割をきちんとまかせてますね。ラノベだと、大人がいないか、大人が機能しない、物語に関わってこないケースが多いけれど、『最果てのパラディン』は、カッコイイ大人もきちんと出せるのが強みですね。

 

こういうの読みたかった、コレが読みたかった

と、本書を大喜びで読んでいます。もう読むというより、美味しく食べてますって感じです。ジョジョでイタリアンレストランが出てきたと思うんですけど、あれめちゃめちゃ美味しそうじゃないですか。だいたい、アレです、この作品。私にとって。

ただ、「こういうの好き」って言う時の「こういうの」はたぶんジャンルとかだと思うのですけど、ダークファンタジーじゃないし、何になるのだろう。硬派で骨格かっちりしてるファンタジーではあるけど、ファンタジーだから好きなわけではないんですよね。読んで好きになったら、たまたまファンタジーだったという。

「こういうの」をうまく言語化できないので、『最果てのパラディン』みたいな作品が好きって言っておけば、たぶん通じるかな。

私は一年遅れで読んでますけど、未読の方は、急がなくていいと思います。たぶん、これ古典になると思うから。とりあえず買って積んで、合わない本を読んじゃった時の口直し用にするとか、一番快適に読書できるタイミングで本書を開くとか、慌てずに楽しむ方法も工夫できそうですね。

「泣けるってきいたけど合わない」って感想も見かけたから、合うか合わないかは、Kindle等の電子書籍の立ち読みや、書店店頭での立ち読み、あとは「なろう版」で雰囲気つかみにいくのも良いかもです。製品版は改定されてるみたいなので、読み比べるのも楽しそうですね。

「控えめに言って最高です」とか「尊い」って使っちゃったから、もう「言葉もない」って言うしかないかなー。自分にとって当たりの作品、それも1行だって退屈しないで読める本に出会えるって、楽しいことですね。

 

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*1:お香のかおり