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柳野かなた先生が『最果てのパラディン』で何を工夫されているか、少し見えてくる三巻(竜退治編)

 読んじゃいました。「これ、読みたかった」と、大喜びで読める作品ってなかなか無いので、(それは作品の魅力の他に、私との相性の問題があるから)、これから何を読めばいいのというちょっとした『最果てのパラディン』ロスを味わっています。もちろん、『最果てのパラディン』は完結していないし、積読も山ほどありますので何かしら読むのですけれど。これから先、何度だって再読することはできるけど、「読んじゃったなあ」という気持ちも、作品の余韻とともにしばらく残るのかもしれないですね。

  

最果てのパラディンIII〈下〉 鉄錆の山の王 (オーバーラップ文庫) 最果てのパラディンIII〈上〉 鉄錆の山の王 (オーバーラップ文庫)

 領主として、PTリーダーとして、竜退治に行く、3巻

ダンまち』のベルが、ミノタウロスを倒すのも名シーンですし、竜退治なら『ロードス島戦記』でも出てきましたね。主人公のウィルは、高位の神官+一流の戦士+賢者並の魔法使いという、超出来る少年です。設定的には、名声を獲得しただけでなく、近隣地域を見ても彼より鍛えている英雄はいないと言われるレベルです。これまでの戦いを振り返って、自分の実力を考えると(世間的には強敵だけど)、格下だったことに気が付きます。1巻の終わりの死闘に続き、二回目の「格上との戦い」が描かれています。

迷い悩み、逃げるための言い訳もあるけれど、それでも挑むかどうかの葛藤、ウィルが何のために、マリー・ブラッド・ガスに与えてもらった力を振るうのかという、原点の確認作業でもありましたね。

「行けば死ぬ」と複数の神から忠告され、里帰りしてガスにも忠告され、それでもウィルは挑みます。高いハードルが設定されていて、でもここで「ウィルは死にました」と、彼の英雄譚を挫折させるのも惜しいですから、どう描いて着地させるのかが、著者さんの腕の見せどころです。前哨戦も含めて、面白かったです。

また、この作品では「チート級の強さ」に対して、ブラッドも忠告してましたし、ガスも「それは呪いだ」と忠告しますので、強ければ強いほどいいという設計ではなく、力を管理下に置くことの難しさもおさえているのが魅力的ですね。

 

ドロップアイテムでは無く、経験値でも無く

RPGで遊ぶと、「あと3200EXPでレベルが上がるぞ」って教えてくれるし、強い敵を倒せば宝箱があるかもしれないしレアドロップを落とすこともあります。それはそれで見せ方としていいと思います。『ダンまち』のベルがミノタウロスを倒して、ドロップアイテムからヴェルフに武器作って貰うとかもいいですね。

最果てのパラディン』の場合は、強さについて、TPRGの知識ある作者さんみたいですから、設定の段階でおさえているのかもしれないけど、『ダンまち』のようにステータスは表示されません。『ダンまち』はベルの非常識な成長・飛躍を描くことも柱だからあれでいいと思います。そして本書の見せ方も、私は好きです。

ドロップについても、XXXを倒して武器を獲得したとか、○○○を倒して猛毒を手に入れるという「出来事」自体は、ゲームや先行作品でも扱ってることが出てくるのですが、描写の仕方のおかげで異世界を旅してる感じを楽しめます。『ロードス島戦記』ならギムからスレインの手を通してレイリアに渡った髪細工を「造る」ことにしろ(あれ、待ち時間にギムがこしらえてましたよね)、パーンたちが風の上位精霊ジンのいる塔へ行き、古代の魔法がかけられた装備を手に入れる、といった描写を思い出しました。

武器は敵が持ってたのを拾って使うわけですし、毒については「その世界を生きて、毒を扱うスキルがあるなら、そうするよね」って納得できます。例えば、私達の日常で、山菜や野草に興味がない人は素通りするけれど、食べ方知ってる人ならタラの芽摘みます。架空のモンスターの猛毒と、タラの芽はもちろん違いますけど、こういう描写の積み重ねが、架空の世界のリアリティにつながるのかなあと思うのでした。

 

異世界転生モノ等のヒロインありきの作品へのアンチテーゼなのだろうか

ドラえもんには、のび太君と4次元ポケットがついてくるように、『ダンまち』にしろ『RE:ゼロ』にしろ、『灰と幻想のグリムガル』にしろ、主人公との距離感はともかく、魅力的なヒロイン登場しますよね。『禁書』とかだと、数が多すぎて困るくらいになってます。『風よ竜に届いているか』でも『ロードス島戦記』でも、ヒロインはいますよね。

最果てのパラディン』はどうするんだろうと見てました。ブラッドにはマリーがいたわけですし、PTにヒロインが加入するのは自然なことですよね。でも、なぜか、フラグが全部折ってあるんです。それをガスに指摘されて、ウィルが「全部同性だった」って答えるシーン、笑いました。

200年、アンデットにとして人間社会と切り離された場所で生きた、マリー・ブラッド・ガスが、外の状況分からないけれど、過酷な世の中でサバイバルできるようにと、自分たちの経験を出来る限りウィルに与えました。桃太郎なら、おばあさんがきび団子の代わりに、「鬼は強いでしょうから、レールガンを持っていきなさい」とか言われたら、桃太郎強よくなりすぎちゃいますが、ウィルも結果的に「強すぎる」のです。

2巻に出てきたワイバーン戦で、4人PTでバランス取れてるねって誤解されて、説明したらウィルが一人三役やっていた、なんてこともありました。

規格外に強いウィルは、神に愛されます。

この世界は、多神教の世界です。『ダンまち』のように神様の力の行使に制限かけてないですし、『ロードス島戦記』のように高位神官の中に降りてきてもらうという関係でもありません。神が英雄と恋して「半神」を産んだりできる設定なので、ギリシャローマ神話に近い面がありますね。異なる点は、実体が出て来ることには制限かかっている点でしょうか。

ラノベのテンプレの1つになっている、ヒロインの扱い方や、ハーレム物等へのアンチテーゼかと思うくらい、ヒロイン出てきません。ウィルの立場は忙しいというのもあるのですが、純粋培養されているので食後の散歩くらいの感じでモンスター討伐やれちゃう反面、女性慣れしてないのです。マリーは、ぐっとこぶしを握って「そうですウィル、私の可愛い坊や。恋も結婚も誠実にね」って応援してるかもしれませんが、ガスはニヤニヤしながら「ひ孫はまだかのう」ってブレッシャーかけてますし、ブラッドは「ウィルお前、そういうの、教えなきゃ、ダメか?」って頭抱えてるかもしれませんね。

冗談はともかく、多神教の世界で神に愛される(女神に愛される)ということは、どういうことなのか、考えさせられました。こういう設定も面白いですね。

(どうしてヒロインが出てこないのかは、三巻の下巻読んでなんとなく察しました。でも、鉄と血のニオイしかしない殺伐とした世界なわけではなくて、ある意味ラブコメ成分みたいのもちゃんとあるのが凄いです)

 

ドワーフドワーフの、エルフはエルフの

ロードス島戦記』のギムが、ドワーフにはドワーフの戦い方があると、ディードリットに言う場面がありましたね。『最果てのパラディン』も、国を滅ぼされて200年流浪して疲れ切ったドワーフたち、それでも彼らには彼らの考え方や誇りがあること。

エルフに関しては、主人公の相棒がハーフエルフですし、ガスが博学なのでウィルもエルフ語は叩き込まれていますが、考え方・文化は知らなくて面食らったりしています。

ドワーフやエルフが、この世界ではどんな人達で、どういう考え方をするのか、人間と何が違うのかも、きちんと語られています。

 

敗者復活戦という機会

ウィル自体、前世の記憶を持っていて、マリー・ブラッド・ガスに育てなおしてもらって、生まれ変わり(転生し)、生き直すというチャンスを与えられました。

異世界転生物も色々あるので、ここまで丁寧に「転生」や「力の獲得」を描く作品は少ないけれど、人生にリセットボタン無い問題に対する、それぞれの作品の答えでもあるのでしょう。

物語のフォーマットだけでなく、マリー・ブラッド・ガスたちがアンデットとして存在したことにも意味があるし、3巻の竜退治でもある奇跡が描かれます。著者さんの人生観や哲学の現れなのか、意図したことではないのか分からないですが、この作品は「敗者復活戦という機会」を望む人には与えられる世界観で描かれているのかもしれませんね。詰んだ、終わりだ、ではないのも味があります。

 

 

ウィルがどこまで行けるのか、このシリーズがどこまで続くのか分からないけれど、著者さんが納得行くまで書くことができるといいですね。

メディアミックスの他に、『ロードス島戦記』に対する『ロードス島伝説』であるとか、『ダンまち』の外伝のように、縦方向や横方向に作品世界が広がってほしいなあと祈りつつ。

 

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